上流に行きたい人はどうぞ。
上流重視というのは最終的にはソフトウェアを工場で作れるというのを目指している。
上流重視する世界は技術者は幸せじゃない。
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幸せなエンジニアになるための仕事術/まつもとゆきひろ&平鍋健児 - しあわせプログラマ (via gkojax) (via hibariya) (via goodmorning) (via uncate)
ソフトウェアの人間中心設計と (その意味での/ソフトウェア工学用語ではない) プロトタイピングを推進するゼロベースとしては、(ウォーターフォール的な) 上流/下流という対立構図に違和感。HCD/プロトタイピングは繰り返し型プロセス。プロトタイピングは上流?下流?と考えれば、「プロトタイピング重視する世界は技術者は幸せであり、そこに上流/下流の別はない」。もちろんプロトタイピングも万能ではないが、プロトタイピングを知らずに、不適切に (無自覚に/無思慮に) ウォーターフォールを採用するケースは非常に多い。結論としては (論理が5段階くらい飛躍するが省略) 技術者自身がコンサル営業して仕事を受注するのが、技術者にとって理想的な仕事をする有効な手段。
「技術者の幸せ」についても、ちょっと違和感:「開発者のためのアジャイル」では死んだも同然
(via ishibashi)
ご紹介感謝。「エンジニアがエンジニアとして幸せになる方法をエンジニアが考えている」っていうことが悪いとは思わないけど世界が狭い気がしてしまいます。エンジニアだって、お客さんだってたいへんなんだから、もっと共有しながら解決していきたいなぁ。HCDにあるように「使う人」「お金を出す人」をもっと高次元に巻き込んでいくことが必要な気がする。
(via yusuke-arclamp)
高次元巻き込み賛成。SI領域じゃないけど、そんな空気の仕事多し。
で、こう書くとトゲが出ちゃうので悪意は無いことを前置きしたいのですが、エンジニアによるエンジニアのためって、昨今批判の強いガラパゴスルートへの可能性もないですかね~~、と。悪くは無いかもしれないが世界は狭いし、成果は必ずしも保証されない。交渉論的なフレームを援用すると、立場が強くなるのって、技術独自性か組織能力の独自性が高い場合に限る。つまり、代替不可能性か高い稼動優位性がある場合かどちらか。ポジションは作りにいかないと。そして、それは上流偏重ということとイコールではない。技術も結局利用されてナンボなので、利用場面を考えないことには限界があると考えるのが普通。
というか、そういう言説が主軸だったからこそ限界論があり、限界論を受ける形で保守回帰的に元文のような議論が発生しているのでは、と思っております。
(via swmemo)
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