Jan 12, 2012

「まとまりがない」「長い」「何を言いたいのかわからない」というコメントが、毎週、何通か届く。ご指摘の通りだと思う。

文章を「情報伝達のツール」であるとする考え方からすれば、私が本欄に書いている原稿は、かなり完成度の低いドキュメントということになる。でなくても、ビジネス文書の作文法としては失格だろう。しかしながら、文章は、情報を伝達する以前に、人間が思考を展開する際のベースになるものだ。

自分の考えがはっきりしていないことがものを書く動機になるケースすらある。人は、文章を書くことによってはじめて、自分の精神と真に直面することができる生き物だからだ。その意味では、必ずしも一本道の論理だけが尊いわけではない。たとえば落語のように、要約不能な「行間」や、内容とは別次元の「ニュアンス」に真価を宿しているタイプのコンテンツもある。文学と呼ばれるものは、おしなべてそういうできあがりかたをしている。自分が書いている原稿を文学だと言い張るつもりはないが、コラムは報告書ではない。営業日報よりは落語に近い。何が言いたいのかわからないのは、むしろ当然だ。私自身、自分が何を言いたいのかを知るために原稿を書いていたりするわけだし。

大阪の「維新」とまだるっこしい民主主義:日経ビジネスオンライン

うーん…。まるで小林秀雄のようなモノイイだな。たしかに、小田嶋氏当人がここでイイワケしているように、長ったらしくてつまらなくなってきたから、最近は小田嶋隆氏の文章を僕は読まなくなっていたよ。そうか、オレの文章は芸であるので、推敲もしないしマトメもしないぞ、か。

もちろん、難しいことを文章で書いたり説明したりするときは、文章が長くなるのは当然だ。でも、大して難しくないことをもったいぶって書いて長くなるという文章の方がwebでは目にすることが多いよね。小田嶋氏の文章もかなりそのケースに当てはまって、チョットゲンナリする。

更にダメなのは、既知のことをワザワザ自分のアタマで「ゼロベース」で考えて、オレってスゲエでしょ的な長い文章だな。これは内田樹氏やちきりん氏などの勉強不足系人気ブロガーがよく使う手だね。しかも、徹頭徹尾間違ってることが多いし。車輪の再発明するくらいなら、リファレンスをつけて、リンク集にしろよなとしか思えないな。

(via kashino)

(via kashino)